褥の用意が整ったと障子越しに告げられ、読みかけの『六韜りくとう』を措く。  後は頼むと言い置いて、長い下げ髪の後ろ姿は廊下の角を折れた。小姓は部屋に上がり、蠟燭の火を消して、本を書庫へ戻しに行った。  寝所の前に跪坐きざで控えている不寝番が四郎の姿を認めて黙礼し、両手を添えて障子を開ける。  目礼で受け流して中に入り、背後で閉められた障子に錠を添える様に両手を後ろに回したら、右肩の裏に嫌な引攣ひきつりを覚えて、思わず肩を手で庇う。  そこには駿河の蒲原城かんばらじょうに攻め入った際に負った刺傷の痕がある。従弟の武田典厩信豊てんきゅうのぶとよと我先に城の背後から乗り込み、雑兵に混じって槍を振り回し突き刺しする最中、鎧袖の隙間に斜め後ろから槍が入ったのだ。気づいたのは城を陥落せしめた後だった。  猪武者の振る舞いに、父でもありお屋形様でもある信玄公から「聊爾者りょうじものめ」と叱責された苦い記憶が四郎の胸を突く。  屋形の跡を継ぐ者として、父の元で研鑽けんさんを積む様になってまだ日が浅い。敬仰する父の様にならねばと誓い、正直追いつけるはずなどないとも思う。諏訪四郎勝頼から武田四郎勝頼に名乗りを変えても、中身までそう簡単に変わらない。  お屋形様の役に立ちたい一心から命をなげうつ覚悟で生きてきたものを、今度は甘えと断じて斥けろと言う。  (若気の至り……。違うな、生まれもった性分が父上に似ておらぬ)  命よりも名を惜しむ、武者らしい死生観を捨てたら逆に生きていけない気がするのだ。屋形になったら変わるだろうか?  正直そんな日が来なければ良いとも思っている。父にはずっとお屋形様でいて欲しい。自分が屋形の座に就く図より、信玄が屋形の座を降りる図を、四郎はなかなか思い描けないでいた。  寝つけそうにない気分を連れてふすまを捲ると、障子の外に人の動く気配を察して振り返った。  灯りが見え、不寝番に言伝するらしき忍び声がする。こんな夜更けに誰か。  「四郎。わしじゃ。起きておるか」  常にない時間の珍しい来訪者は緊張も連れてきた。対面する時は必ずこちらから出向くか、呼びつけられるかで、先方が西曲輪に足を運ぶなど異例のことである。不寝番もさぞかし驚いたであろう。  「は。父上」  騒ぐ心を乗せない返事の後に、障子がそっと開いて、彫りが深い人相に鍾馗髭しょうきひげを蓄えた大入道が、行灯を片手に顔を覗かせた。印象の強い造りは四郎の美貌にも継承されているが、重厚な声音といい、鷹揚な雰囲気といい、貫禄が桁違いである。  四郎が座り直している間に、信玄は敷居を跨いで外の様子を確かめてから障子を閉めた。  「今日は鍛錬を早く切り上げたそうじゃな。傷の具合が悪いのか」  ああ、そういえば山県昌景に右の肩が痛むからと告げたか。  「大したことはございませぬ。父上が心配なさるほどでは……」  「どれ、傷を見せてみよ」  とお屋形様に言われて見せないわけにもいかない。四郎は後ろに向き直ると、ひとえを片肌脱ぎして右の肩背を晒した。枕元近くの灯台は左側にあって、勿体振った照らし方をする肌に、鍛え上げられ脂気の削がれた肉感の筋を彫る。  肩の下、やや内側辺りに蚯蚓ミミズ腫れが走っている。槍の穂先が項の方に斜めに滑って抉られた痕である。信玄はその前に摚荷どっかと腰を下ろして行灯を目の高さに提げた。  盛った肉の赤味が淡い。膿んでいない様で安心した。確認して行灯を置く。  「もともと掠り傷ゆえ、治りも早うございます」  「匹夫の勇か。ふふ……実はな、わしはそう嫌いではない。だが真に強き大将は床几から動かぬものよ。戦は勝ってから仕掛けるもの、はかりごとが肝要じゃ」  槍より情報を捌いて相手の戦意を挫き兵力を削ぎ、幾つもの城を自落させてきた信玄が言うと説得力があり過ぎて、頷く四郎は首がげそうだ。  姉妹や娘の嫁ぎ先を遠慮なく裏切り、父であろうと追放し、嫡男でも葬り去る。信玄は恐ろしい人である。でなければ四面楚歌の甲斐はとっくに切り取られて彼もこの世の人ではないだろうが───もとより猜疑心が強く慎重で、目先の功に飛びつけない戦略家向きの性分をして、今の四郎より若い時分から大局を見ることに明け暮れて生きてきた。この甲斐に信玄の言葉を適当に聞き流せる者などいないのである。  「抜け駆けは以ての外ぞ。そなたの槍働きも必要なれど、功は人に分かつようにせよ。若いそなたにはつまらんかな?」  「は。戦場にて父上のお心を煩わせる不始末、この四郎、面目なく、恥じ入るばかりでございます」  自省の釘が刺さっていたところを鎚で叩かれて四郎は膝の上の拳を固くした。  (はてさて信じてよいものか。なんせ戦となったら人が変わるからのう)  続く花沢城攻めでも懲りずにまた一番槍を競って、つい先日した説教の無力さを感じずにいられなかった信玄である。神妙に聞いている素直さは少しも疑っていないが、鵜呑みに出来ないから困る。  遡れば恐ろしいもので、大将を任せた武蔵の滝山城攻めでも師岡山城守将景もろおかやましろのかみまさかげと三度まで槍を合わせて信玄を唸らせるわ、上野こうずけ箕輪城みのわじょうでも藤井豊後守友忠ふじいぶんごのかみともただと取っ組み合い、あわやお討ち死にの寸前で助けた原隼人佑昌胤はらはやとのすけまさたねの心胆を寒からしめるわ……。  源氏武者の名に恥じぬ命知らずの勇敢さは四郎の稟性なのであろう。実は信玄こそが父親面で自慢したいくらいなのだが、甘やかす気はない。いつまでも一人武者気取りが抜けないのは、跡目の覚悟が足りないからだ。全く、こんな傷で済んだから良いようなものの……。  (ちと躾が要るかな)  信玄は溜息と共に傷痕に五指をした。腋下を突かれなかったのは奇跡としか言いようがない。諏訪明神の加護を賜った証を、感謝と憂懼の交錯した重い指でなずらうと背中の強張りが伝わる。  「痛むのか」  「もうほとんど癒えております」  即答した後で後悔した。慌てて否定する様な強めの語気が、図星を突かれた印象を与えたかもしれない。  思った通り信玄は言われたことを真に受けなかったらしい。人差し指と中指で痕に触れながら五指は肌を這い落ちた。途中、親指の腹で何度も撫でられたりした。  殺しきれない息の塊を思わず零してしまい、四郎は両手で口を塞ぎたくなった。ひとえに信玄に肌を触られているせいなのだが、それを知られるくらいなら、傷の痛みを堪えていると勘違いされている方がずっと良いと思った。  その心を見透かされたかどうかは判らない。腰に絡んだ左の腕に抱き寄せられる。まるで幼子の様に胡座あぐらの上に乗せられて、もう焦るどころではない。  「っ父上、何をなさいます……!」  傷痕にざらつきと柔さを捺され、思わず肩を吃逆しゃくらせてしまった。  縮れた鬚髯しゅぜんと唇に鼻頭、逃げる背を追って信玄の顔が貼りついている。  「父上、どうか、どういうおつもりか、乱心なされたか」  「騒ぐな四郎。誰ぞ来てもかなわん」  ふっ、と吹きかける息に傷痕を弾かれ、あ、と声が出て、唇を噛む。父が乱心したというなら、たかが体に触れられたぐらいで動揺してしまう己など、とうに乱心しているではないか……。  (逆らってはならぬ。だが知られてもならぬ)  信玄は項で結われた長い髪を大切そうに撫でつけ、大人しくなった四郎の傷痕に口づけを落とした。背筋がぞくりと色めき立ち、四郎は固く目を閉じた。  戯れでも良い、と思った。父が知ったらなんと思うであろうか、とも。  力の信奉者である四郎には、軍略と謀略を駆使して強い軍勢を率いる信玄は人の姿をした力そのもの、軍神の如き存在であった。その人を父に持つことは誇りであり、四郎の武勇を鼓舞した。仰げば仰ぐほど信玄を感じられ、従えば従うほど力を感じられることを、彼は知らない様で漠然と知っていた。  無理に抑えて微かに震えている息遣いと為すがままの体が、常から信玄に抱いている畏怖を駆り立てて、自分の背に縋る様にして傷痕から唇を離さない信玄を、お屋形様と呼ばずにはいられない圧倒的な力を感じさせる存在にしていく。  倒錯した多幸感に戸惑いながら背中で為されている事を明確に辿る……唇で擦られ……ついばまれ……傷の頭に吸いつき……ぬめる体温が下から、上へ、緩り、這い摺り……吸わ、れる……ああ……父上の舌……舐め擦っている……。  執着される肉の盛り上がりは信玄の舌や唇を悦ばせる為の玩具であるとすら思えてきたのと引き換えに、四郎はもう、何故父上はこんな事を、と思えなくなっていた。  肌蹴ている胸筋をまさぐられても至極当然の様に受け入れる。左の合わせの下に差し入れてきた手が乳輪をさすっては乳首を踏みしだく。分厚い掌の緩慢な愛撫に、心の臓が位置を告げるかの様に中から激しく胸を叩いている。呼吸だけは何とか取り繕っているつもりだが、二人分の体温を溜め込んだ様な重い熱に侵されて、口から出て行く感じが甘怠い。傷痕を舌で蹂躙する信玄と息遣いが重なり、枕元の灯台から漂う仄明るさに溶けて、室内に体温が群がり始める。信玄は四郎の左の肩を撫で下ろし、掛かっている単をするりと落とした。  両手の指にそれぞれ乳首を転がされ、更に前に屈もうとする四郎の上半身を信玄の両腕は許さず、反対に自分の方へと起こした。人差し指で乳首を小刻みに爪弾く信玄の両手に四郎の視線が落ち、そのまま釘付けになる。  「ぁあぁ……ッ……」  信玄の淫らな指遣いを見て悶えた嬌声が零れる。指頭に潰され、抓まれ、引っ掻かれ、優しく撫でられ、被虐を好む乳首にされていく。肌の騒めきが陰茎の根に及んで身震いする。  す、と腕が下肢に伸び、裾を割る。  下帯の袋が膨らみ張っている。  四郎はそれを眺めながら信玄の次の行為を待った。左手が蒸れた袋の右縁を引っ掴んで捲り剥がすと、陰毛の叢を敷く恥骨の下に半勃ちの陰経が露わになった。  愛撫の手際も然ることながら、相手が信玄だからであろうと思い、四郎は睫毛を伏せた。体は正直だ。今も視線に晒されているだけで、濡れてくるのを抑えられない。  「己で慰めてみよ」  背筋がこころづく下命に耳を疑った。詰めた息と生唾をんで喉がごくりと鳴った。今何と仰った?父上の前で?  「さあ……。四郎。わしの目の前で存分に痴態を晒せ」  疑う耳に継がれた矢が聞き違いではないとただす。今度こそ鼓膜に刺さって抜けない。  「そ、んなこと……。……ッ!!」  傷痕から伝わる、歯を食い縛る激痛と、肉を食い縛る歯の圧。肩背の神経が酷い脈を打って、顰めた面の額から玉の汗が滑り落ちた。やはり父上のお怒りは解けていなかったのだ。四郎は憎々しげに傷痕を噛む信玄の心中を察した。はなからそうしないのが信玄の悍おぞまましいところである。耐え抜いたとて赦されようはずもないが、四郎はひたすら苛虐に耐えた。  信玄は皮を圧し破った盛肉を解放した。歯型の跡に咐孵プツプツと小さな赤い玉が湧いてきた。四郎は息衝いきづきを極力押し殺して、緩々と長く逃した。  「仕置きじゃ」  手際良く横廻しから後ろのみつを解き、股からしゅっと白布を抜き去る。四郎の手は畳の上でぎこちなく閉じかけたり開きかけたりして、痛みも紛れるほど戸惑う。  「恥じらうそなたは可愛いが……。逆らう者は好きではない」  脅迫めいた台詞と声色でそっと耳打ちして、四郎の両腋の下から前へ腕を回す。  腿の内側の締まりを愉しむ様に手探られ、股の付け根や陰囊を擦り回され、四郎は衾に乗る足裏を少しだけにじらせた。左手に陰囊を揉まれ、そのすぐ下の会陰えいんを右の人差し指の腹が縦に動く。脚の指が衾を握る。  「ぁ、あぁ」  擦り続けられて堪えられなかった喘ぎが震えて上擦っていた。裏筋の根にも同じ仕打ちを受け、熱溜まりが底に出来て、真綿で首を絞める様な膨らみ方で中から竿を刺激する。時間が経つに連れ、衾の皺が増え、息の蕩みも増していく。傷痕に痛みは燻っているのか、何処かへ飛んで行ったのか、よく判らなくなっている。父の怒りにはまだ身が竦む思いでいるのに、灯りが映し出す陰茎は涎を垂らして照り、鈍々と頭を擡げて卑攣ひくつく姿で、慰めて欲しいと信玄に告げ口している。無視され、竿を避けて、あちこち弄られ続けた。恥辱の巣を、信玄は巧みに追い詰め、手懐けていく。  と、両方の膝の裏に手が入った。   「……?」  誰もいないが正面にいる誰かに四郎の股間を覗かせるつもりでぐい、と割る。  (……!こ、んな格好、)  頬に、自覚するほど熱が迸った。  四郎は顔を背けた。さすがに耐え難く、抗議の意を込めて、彼は利き手で信玄の上膊に指爪を立てたが、逆に股の根を更に広げた格好にされてしまった。  自慰のお膳立てをする信玄より、まだ理性を忘れられない己が恨めしくさえある。今更萎えも逃げられもせぬというのに往生際が悪い。逆らってはならぬと決めたではないか。延々と放って置かれるか、一物を扱くか、どちらも卑猥に変わりはないのだ。  (散々に醜態を曝け出しておきながら、この期に及んで何を躊躇ためらうのか)  前を見ないまま、既に兆しているものを恐る恐る握る。信玄は竿に手緩い摩擦を与え始めた四郎の、開いた首の根に接吻した。  手を動かしながら瞼が力んだ。目を閉じていても覗かれていることが判る。  (御前で何という恥知らずな。だが望まれたことだ)  自責と他責を掻き回しているうちに、根幹にある理性と義務感が胡乱になって、猥りがわしい姿を見られていることだけが頭に渦巻く呪いの句になる。陰茎に与える恍惚が、酷い屈辱を受け入れられる忠心にまで及んで、脚を開かされて扱いている自分に性的興奮を覚えた。信玄の視線を独占することが閨でも励みになるということを、四郎は嫌というほど思い知らされた。己をもてあそぶことも、もはや苦ではない。竿の上部をきつく握り締め、掌でぬるぬるの亀頭を擦り回した。四郎は視姦の悦びに塗れた。  息の弾みに胸が釣られ、敏感にされた乳首が疼いてきて、先刻見た信玄の指遣いの妄想が被さる。人差し指の爪が隠す下でやんわりと圧される両乳首のクニュクニュと根刮ねこそぎ揺れている姿に却って焦れて、親指の腹で雁首を弄りながら、存在しない指に実物の乳首を差し出す様に胸を反らせた。脳裏に描くのは、折り曲げた指の爪先を痙攣している様に動かして乳首の頭を震わせている、信玄の無骨な手である。  「ぁアッ……!」  快楽を与え慣れている手つきは四郎を堪らなく興奮させ、屹立する火照りを扱く手が早くなる。それが股を広げさせている強引な手に挿げ替えられて、窮屈にわがねた五指の中を鰻の様に竿は滑った。お屋形様、と口に出さず呟く毎に怒張した肉棒の内部で吐瀉物が滾り、摩擦の往復による顫動せんどうで促される吐き気が頂まで昇ってくる。  腰から脚にかけて纏う冷たい痺れが皮膚の中に浸透し、全身に拡散し始めた。  もう、もう保たない。四郎は喉を仰け反らせ、信玄の肩に頭の後ろを預けた。  蒸発する感覚が来る。  (……!ぁ……ッぁあ───……ッ!)  信玄は膝の裏に腕を通して深く抱え込み、びくびくと跳ねる両脚を強い力で固定した。扱く竿の内部を迫り上がってきた勢いそのまま最初の精液が飛んだ。  「ぅ、……ッ!」  扱かれる陰茎が続けて粘い白を二度三度と射って、畳を汚した。  「ッはぁっ、はぁっ、はぁ………。……。」  萎えたものから濡れた手が剥がれる。達した直後は何も考えられない。遣り遂げた感だけは無駄にあるが。  …………………………。  張り詰めた時間と脚の拘束からようやく開放され、気怠げに瞼を開いた。虚ろに任せて脚の先を眺める。身悶えした形跡を、灯りに染められ朱く茫と浮いている衾ののたくりに見て、余韻を散らす様に頭を軽く振った。傷痕が傷の痛みを少し思い出したが理性の海に飛び込めず、握った右手の中の滑りを確かめて後悔の波が押し寄せるでもない。白日夢から抜け出せない自分をもう一人の自分が傍観しているという意識で、何かしら思うことを避けている。  草もなびかぬかすかな溜息が、父上、と誰にも聞かせるつもりのない独り言をかたどった。信玄が覗き込む様に顔を寄せた。  重ねられた体温に誘われて薄々振り向きざまに唇が捕まった。頭の後ろに掌を宛行あてがわれ、上下の唇の境目を、割入っても構わないかと尋ねる様に舌の先で優しくなぞられる。ぁ、と思わず滑り出た声を舌がそっと侵した。  繭にでも触れる丁寧な舌遣いで甘える様促し、逡巡を溶かし切れないまま差し出された四郎のものとぎ合わせる。  「っは……」  名残を惜しむ様ないきれが、離した唇を掠める。四郎のこんな顔は誰にも見せたくないと信玄は倩々つくづく思う。煙る様な睫毛を霧雨の纏わる目にかざして、どうにも頬に手を添えてやりたくなる。  「そなたは時々そんな目でわしを見ている」  いつも手が届く場所にいながら手の届かないものを眺めている。気づかない振りをしてきた胸懐が目睫もくしょうの間にたたえられ、信玄の顔に驕りと困惑と慈しみをかたどった微苦笑が滲む。互いに情を戒め馴れを拒む距離を殊更に意識していたのは、跡目になったとはいえ身贔屓するのもされるのも性に合わない、示しがつかないからだけではなかった。この四郎の触れなば落ちんの危うさに、信玄も四郎自身も気づいてしまった故の恐ろしさからでもあるというのに。  (迂闊であった。そなたの健気な心根につけ込んだわしの自惚れが、そなたが努めて紡いできた戒めの糸を断ってしまった)  長い睫毛が一度だけ深く瞬いた。何やら思う間があった。どうすべきか迷ったのは信玄の方だった。首を伸ばして四郎の方から口づけてきた。淡く当てられ退いた後に、憧憬の霞がかった睫毛の麓から信玄に臨む瞳があった。  「そうか。そなたは恐ろしいと思わなんだか……」  信玄は健気な唇に貪りついた。堕ちるを厭わぬ直向きな四郎に逆に喰われてしまいそうな気がして、背筋に悦ともつかぬ粟が立った。  四郎は後頭部を押さえつけられ口づけの深さに溺れた。捩じ込まれて搦め捕られて、切れてしまった糸の代わりに繋げるものを求めて、接がれた口の中でしつこいほど舌がもつれ、体の中に信玄を結わえてしまいたいという衝動を編み上げた。物足りなさを伝染うつされ、信玄は畳の上の液溜まりを中指で掬い、股の下に手首を掻い込ませる。  「んっ……。んッ……」  溢れる籠声を舌が掻き回す。泥濘ぬかるむ指頭が割目の穴をにじっている。四郎の好きな指遣いで散々に焦らして腰や足指を捩らせた後で、括約筋に逆らって少しずつけられていき、ふたつ目の関節で止まり、抜かれる。四郎は嫌がって、右手で信玄の手首を摑むと割れ目に誘導した。  信玄は再び中指で刺し、入口近くの肉壁の上側を襞と一緒に何度か擦ってやった。  「んッ、んんッ……ん───……!」  信玄の口膣に嬌声を流し込み、ぐぐ、と手首を押し込む。信玄は肉壁を傷つけまいとる細心して急かす力を制しつつ、指を付け根まで埋めた。  四郎は手首をゆっくりと引き出して、指と穴の繋がりが切れてしまわない程度に抜く。そしてまた押し込む……引き出す……。  「おい。これ、四郎。駆け抜けはいかんと、……言うても聞かんか」  信玄の指を使って自分を犯す興奮が四郎を虜にしていた。異物を詰められているとしか言い様のない閉塞感を感じるだけなのに、陰囊の下に見え隠れする指と、中を往復する刺激の合致を、いちいち確かめるだけでも性欲に響いて陰茎が勃とうとする。彼は両手に手首を持ち、骨太の指に何度も肛門を擦らせた。  「っ……は……、あッ、ち、父上ッ……ッ」  「うん?」  顔を寄せて耳をそばだてると、そこに差し出された唇が熱砂を飲んだ様な声で途切れ途切れ嬉しゅうございます、と可憐いじらしいことを言うのでつい口づけてしまった。  「好いたらしい物言いをする口じゃ。そちらにも慰み物を与えるゆえ、存分に致せ」  左手の親指を熱い吐息の中に潜らせ、残りの指に掴んだ顎の鬚を摩りながら、腹で舌の背を摩る。四郎は指の根を噛み、形を確かめる様に腹側から頭、爪や節の上を舐振しゃぶる。  「ァ、んぅッ……ァあ……!」  何度目か手首を押し込んだ時、突然もう一本指が増えた圧迫感に襲われると同時に上顎を弄られ、喘ぎが唾液と一緒に滴り落ちる。  ぐったりとした上半身の重みを愉しんでいる信玄は、クチュクチュといやらしく啼いた口膣に下肢のもどかしさを幾らか覚えていささか困った。四郎は無防備に委ねてきて貪ること果てがない。顔を覗くと蕩けそうな目を遠くに馳せて、歯列の内を蹂躙する親指の舌触りに夢中になっている。その間も肛門への被虐は途切れることがない。  下の指の刺激が強まる。四郎が股の間に手首を押し込むと二本は中で小刻みに弾み、引くと開いて襞を押し拡げる。とうとう薬指まで呑まされ、掴む形で肉壁をしきりに擦られ、穴を違うものにされてしまった。辱められる悦びに体がついてくる。  「ハァ、はァ、ぁあ、ァ、ッあぁ……ッ!」  嬲られる穴肉から快楽が滲み出して下肢に這いつくばい、抽送ちゅうそうを誘う。舌を犯され感慨を言葉で伝える手段を失ったもどかしさから、荒々しく手首を尻肉に打ちつけては、信玄のものと独り想い善がる。  上下の穴を信玄に躾けられながら、四郎は大きく股を開き、体を捧げられるようになった悦びの溜まる陰茎を、見衒みせびらかす様に扱き始めた。
20240303